インド
インド共和国 (Republic of India)
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インドは国というより亜大陸。多くの人口に,多くの宗教,文化,民族・・・。しかるに,インドの紙幣には,17の言葉が書かれています。日常会話も,出身が異なると,インド人同士でも初対面では英語でとりあえず話し始めてみるそうです。
とにかく中国と比較されがちですが,インド品質は中国とはまったく異なります。中国は低品質からの脱却に躓いているのに対し,インドは既に国際的にデビューしています。同じ土俵に乗るのは人口の議論くらいでしょう。
さて,この国をひとつのページに収めるのは無理かも知れませんが,とりあえず,スタートしてみました(私が行くところは限られています)。このページは,ゆっくりゆっくりアップしていきますので気長にお待ち下さい。
(2010年11月7日作成)
(2018年6月更新)
ムンバイ(Mumbai)
ムンバイはインド西岸の海岸沿いに位置し,インド最大の都市。インドの経済の中心都市でもある。イギリス統治時代の名称はボンベイ(Bombay)。観光エリアとしては,ムンバイ南部のコラバエリアが鉄板。ここにはイギリス統治時代の建物が残り,西欧風の町並みを楽しむことが出来る。
ムンバイの人口は,その周辺(ムンバイ圏)を加えると,1800万人。人口密度は世界最高レベル。周辺地域からどんどん職を求めて都市圏に流入してくるので,街中人があふれている。治安はすこぶる良く,夜の街を歩いても全く平気である。

(Gateway of India)インド門はイギリスの統治時代に建造された。1901年に着工,1924年に完成した。この門の成り立ちは諸説あるが,後にも先にも,この地(植民地)を訪れるイギリス人のために,母国の威厳を見せつけるものに他ならない。

(Taj Mahal Palace & Tower)1903年開業の歴史あるホテル。ムンバイで一番格式の高いホテルで,エリザベス女王や多くの著名人等が過去に宿泊した。2008年に起きたムンバイ同時多発テロの標的になり,一部が破壊,焼失した。

(Chhatrapati Shivaji Terminus)この駅舎は1888年に建造された。現在も使用されている。正面から撮影すると広角レンズを使用しないと収まりきらないくらい大きい。2008年のムンバイ同時多発テロで,この駅舎も標的となった。

(Rajabai Clock Tower)ムンバイ大学の歴史は更に古く,1874年に遡る。このキャンパス内に美しい時計台がそびえている。高さ85メートル。完成は1878年とされる。西洋人はこのような時計台の建設が好きである。


南ムンバイにはその他歴史的建造物が広域にわたり無数に存在する。これまで,多くの国や地域を見てきたが,このコロニアルの規模は大きい。その背景には,旧宗主国の大英帝国の栄華とインド人の労働力が見え隠れする。




バンガロール(Bangalore)
バンガロールは,デカン高原の南端に位置し,標高900メートル強。標高が高いため夏でも冷涼で,また,雨季になっても大量の降雨がなく,過ごしやすい。内陸部のため,海岸部に位置する他のインドの都市に比べて歴史は浅いが,教育水準の高さ,また,豊かな工業用地等の条件等がそろい,IT関連事業を含めたハイテク産業が集中し,インドのシリコンバレーと呼ばれるまでになった。
所用で訪問する機会が増えたので,この都市の情報をアップすることとした。
ヴィダナ・スーダーことカルナータカ州庁舎・立法会議庁舎。地上4階,地下1階建て。1956年竣工。デザイナーはヨーロッパ,ロシア,アメリカの多くの建造物を参考にしたという。この人口ゆえこの規模。圧巻です。内部は見学不可。外からの撮影のみとなる。
州庁舎(ヴィダナ・スーダー)の正面にあるカルナータカ州の高等裁判所。19世紀の建造物。現在もそのまま最高裁として使用されている。













