ベイエリア1
ベイエリア (Bay Area) ,その周辺へのエクスカーション
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アメリカは私にとって憧れの国。以前はアメリカ移住計画もあった。今もときどきその思いが止まないときがある。
特に,カリフォルニア州のサンフランシスコ郊外,ベイブリッジを渡ってすぐのバークレー(Berkeley)に思い入れがある。ここは私が育った第2の故郷。私が生まれ育ったここ徳島県内を除いて,唯一,長期生活をした都市。実は私が修士学生のころ,バークレーのとある家庭にホームステイして,しばらく学校に通っていた。バークレーはこぢんまりした街ですが,有名なカリフォルニア大学の本校のUCB(地元ではUCバークレーと呼ぶ)があり,多くの学生や芸術家が住んでいる美しい街である。
1988年にホームステイして以来,十数回再訪問。ここの家庭に居候等して,ここを拠点にちょっとした旅に出かけるのが習慣となっている。米国での述べ滞在日数は,タイでの滞在日数ををしのいでいると思われる。
(2002年記,2013年及び2015年追記)
バークレー(Berkeley)












サンフランシスコ(San Francisco)


パウエル駅のターンテーブルを出発すると,歩道でストリートミュージシャンが音楽を奏でており,その音楽に合わせてケーブルカーの車掌が出発の合図に使うベルをチンチン鳴らして応えている光景に出くわした。「友達」って聞くと,「ちがう」と言っていた。日本でこんなことすると車掌は多分クビ!
サンフランシスコの象徴的存在のケーブルカーは1873年に開業。以降,現在も開業当時のまま運航されている。従って運転は,ターンテーブルに限らず全部手動。


サンフランシスコで一番有名な坂道,ロンバートストリート(Lombard Street)。この写真は坂の上から撮影したもの。でも,いつからこの様に有名になったのであろうか。30年前はこんなに有名ではなかったと振り返る。


なんと,この坂の最大勾配は40パーセント(角度にすると27度)というロンバートストリート,恐らく一般乗用車の性能の限界との挑戦と思う。ま,登りでないないのがせめてもの救い。
1937年に完成。長い間,世界一長い吊り橋として君臨した。車が上下合わせて6車線ある。金門橋と言うも金色ではない。その昔,カリフォルニアに金が発見され,人々はこぞって西を目指した時代があったことは有名。この海峡が金門,つまりゴールデンゲート。この海峡には海流の関係で,霧が常時かかることで有名。何度行っても霧に覆われて全く見えないことで有名。でも,ここに住んでいると,たまにはこんな快晴に出くわすこともある。


ヨットハーバー。ここからゴールデンゲートブリッジの下やアルカトラス島をめぐるツアー船が出発する。海峡はいつも(夏でも)寒いので,着込んで行くこと。
こちらも名物,ストリートパフォーマー。少しも動くことなく銅像のごとく立っている。興味を示した人に対し,突然動いてびっくりさせる。心臓が止まりそうになるので要注意。
野生のアシカ(Sea lion)が甲羅干し?をしている。大きい声で,「ウッ,ウッ」となく声が遠くまで聞こえる。昔はここまでたくさんいなかったが,1989年の大地震以降,ここにくるアシカが増えた。時間帯等によっては1匹もいない時もある。動物園ではないので仕方ない。


その昔はここに要塞が作られ,ベイエリアを防御した。ゴールドラッシュ以降は囚人を留置させる島(監獄)としての役割を果たした。現在は国立公園となり,観光地として解放されている。
ベイブリッジのたもとに近い場所,フェリーの発着場にある。近くに高い建造物が無いためひときわ目立つ。香港がそうである通り,港に時計台を作るのは外国の方は好きね。
続き(ベイエリアⅡ)もご覧ください⇒











