イサーン
イサーンへのいざない (Issan)
24枚の写真
イサーンと呼ばれるタイ東北部は,タイ国土の3分の1以上の面積を占める標高数百メートルの台地(コラート高原)で,北と東はメコン川を隔ててラオスと,また,南はカンボジアと国境を接する。イサーンでは文化や習慣もタイとは異なり,歴史上完全にラオスに影響を受けている。タイ国内でありながら親しい仲間や家族間ではラオ語を話し,タイ語は話さない。イサーンの子供達もタイ語は小学校に行ってから学びはじめる。
イサーン地方は地理的要因等から土地が農業に適さない上,降雨が不安定で,干ばつと洪水に繰り返し見まわれることが多い。従って,この地域の平均所得は他のタイの地域に比べて低い。農閑期にはバンコク等へ出稼ぎに出る人たちも多く,イサーンの農業地帯はタイ経済の急速な発展から取り残された感は否めない。
一方,イサーンの人たちの顔のつくりや肌の色は日本人に近く,また,持ち前の明るい性格とあわせて親近感をおぼえる。「イサーンへのいざない」と格好良くイサーンへの旅を例えたが,イサーンにはこれと言った観光スポットが無いので,ここへの旅は上級者向けとなる。ただ,イサーンに行かなくとも,バンコクのタクシー運転手やレストランのウエイトレスの大半がイサーン出身者であるのでご安心あれ。
(2005年記)
イサーンの都市も過去と比較し,目覚ましい発展を遂げている。外資のデパートが建ち,そこを核に繁華街となり,人はそこに集う。ヤングジェネレーション間では,ラオ語はほぼ封印され,街ではタイ語が聞かれる様になっている。ただ,この地しかないモタサイサムローは未だ健在である。
(2019年記)
のどかな田園地帯
この道はバンコクからアユタヤ,ナコンラチャシマー(コラート),コンケーン,ウドンターニを抜け,ラオス国境の街のノンカーイまで続くタイ東北部(イサーン)の大動脈,国道2号線。街を抜けるとのどかな田園風景となるが,都市部は近代的な建物が建ち並び道幅も広い。
モタサイサムロー
コンケーンまではバンコク等で見られるトゥクトゥクが走るも,コンケーンから更に北上すると,トゥクトゥクは見られず,バイクを改造したモタサイサムローがその代わりを果たす。モタサイはモーターサイクル,サムローは3輪車で,モタサイサムローはその合成語。料金はすべて交渉制。
残された自然と,果てしなく広がる大地。この時期,水がある池はめずらしい。イサーンの夏は雨が降らず,気温はとてつもなく高い。気温は40度を超えることがあたりまえ。
イサーンの田舎の風景Ⅱ
イサーンの夏,農閑期を象徴するショット。牛の放牧を行い,細々と生計をたてる。タイの多くの水田では米の2期作があたりまえであるも,雨の無いイサーンでは1期作が精一杯。
農閑期のこの大地も,雨季が始まる6月に田植えをおこない,1月頃に収穫を行う。この地方は,米といえばカオニャオ(もち米)。カオスワイ(普通の米)はほとんど食べない。
イサーンの田舎の風景Ⅳ
哀愁が漂うワンショット。どこか懐かしく,タイムスリップした錯覚におちいる。モノクロが似合う風景です。日本もこういう田舎が昔は残っていました。
コンケーン(Khon Kaen)市内の見どころ


ブン・ケン・ナコーン湖沿いの寺院。高さ80メートル,9層のお堂は,タイ東北部で一番美しい寺院と呼ばれている。




ウドンタニ(Udon Thani)市内の見どころ




ここがウドンタニ観光のハイライト。ウドンタニから南に30分ほどの大きい湖に,赤い蓮の花が咲き乱れる。時期的には12月から4月頃が理想と言うが,その年によっても花のつき方が変わる。ここは極楽浄土。ホントの極楽はこの蓮の葉の上をそのまま歩けるのかもしれない。
ラオスのビエンチャンへ













